大阪地方裁判所 平成7年(ワ)8633号 判決 1997年11月10日
原告
東洋火災海上保険株式会社
被告
大阪相互タクシー株式会社
主文
一 被告は、原告に対し、六八一万四三九一円及びこれに対する平成七年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを七分し、その六を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金四五四二万九二七五円及びこれに対する平成七年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、訴外大槻健(以下「訴外大槻」という。)運転の普通乗用自動車と被告所有、訴外五島重盛(以下「訴外五島」という。)運転のタクシーが衝突して、訴外大槻の同乗者が死亡し、沿道の家屋が損壊された事故につき、訴外大槻の加入していた任意保険会社である原告が、被告に対し、立て替えた損害賠償金の求償をしている事案である。
一 争いのない事実等(証拠により認定する場合には証拠を示す。)
1 事故(以下「本件事故」という。)の発生
(一) 発生日時 平成二年九月二五日午前二時四八分ころ
(二) 発生場所 京都市下京区河原町通正面下る万屋町三四六―一六先路上(河原町通)(甲一)
(三) 関係車両<1> (以下「五島車両」という。)
普通乗用自動車(なにわ五五い八四四八)
右運転者 訴外五島
(四) 関係車両<2> (以下「大槻車両」という。)
普通乗用自動車(京都五二ろ三〇七)
右運転者 訴外大槻
右車両所有者 被告
2 結果の発生
本件事故により訴外五島及び大槻車両に同乗していた訴外井出麻由美こと朴麻由美(以下「訴外麻由美」という。)が死亡した(争いなし)。さらに、衝突後、五島車両が本件事故発生場所付近に存在する訴外井上喜滋(以下「訴外井上」という。)所有の家屋に接触し、同家屋に損傷を生ぜしめた(弁論の全趣旨)。
3 原告の支払い
原告は、訴外大槻邦治との間で大槻車両を被保険車両として任意保険契約を締結している保険会社であるところ、原告は右保険契約に基づき、訴外麻由美の治療費四万九二七五円、訴外麻由美の相続人である訴外井出竜勝こと朴竜勝外二名に対する訴外麻由美の死亡による損害についての示談金四五〇〇万円及び訴外井上に対する家屋破損による損害についての示談金三八万円をそれぞれ支払った(甲四ないし七[枝番含む]、弁論の全趣旨)。
二 争点
1 本件事故の態様
(原告の主張)
本件事故の態様は、訴外大槻が、大槻車両を運転し、河原町通の右側車線を南方に向け走行中、対向車の照明で目がくらみ、対向車が対向車線を越えてきたように錯覚し、左側車線に車線変更しようとしたところ、折から追従してきた五島車両が追突する格好となり、五島車両の前方と大槻車両の左前方とが衝突したものである。
(被告の認否及び反論)
原告の主張する事故態様は事実に反する。本件事故の態様は、訴外大槻が大槻車両を運転し、河原町通を北方に向け走行中、右転回して南進しようと対向車線内に進入したところ、折から対向車線を南進していた五島車両の前部と大槻車両の左前部が衝突したというものである。
2 被告の責任
(原告の主張)
訴外五島には、原告主張のとおりの事故態様であれば前方注視義務違反の過失があるし、かりに被告主張のとおりの事故態様であるとしても重大な制限速度違反及び著しい前方注視義務違反の過失があるところ、被告は訴外五島の使用者でありかつ本件事故は訴外五島の業務執行中の事故であるから民法七一五条に基づく責任を負うし、さらに被告は五島車両の運行供用者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づく責任を負う。
(被告の主張)
訴外五島に過失はない。被告主張のとおりの事故態様であれば、仮に訴外五島が制限速度を遵守していたとしても、衝突は避けられなかったのであるから、訴外五島に速度違反があっても、それをもって訴外五島に過失があったということはできない。また、原告が主張する著しい前方不注視という点についても、被告主張の事故態様を前提とする限り、優先権は五島車両にあり、訴外五島としてはそのままの速度で直進すべき場面であるのであるから、これをもって訴外五島に過失があったということはできないはずである。
第三当裁判所の判断
一 争点一(本件事故の態様)について
1 事故態様を認定する上での前提となる事実
前記争いのない事実等、証拠(甲八1、2、5、8、9、11、一〇1ないし3、二一、弁論の全趣旨)によれば、以下のとおりの事実が認められる。
(一) 本件事故現場の概況は、別紙図面のとおりである。現場は京都市街を南北に走る片側二車線の道路(河原町通、以下「本件道路」という。)の南行車線上であり、現場付近は市街地で、夜間でも比較的明るく、見通しはよかったが、本件事故当時は、強雨が上がって間がないために、路面は相当湿潤していた。なお、本件道路には、時速四〇キロメートルの速度規制及び転回禁止の規制がなされていた。
(二) 訴外五島は、本件事故当日は、大阪から京都まで客を乗せて五島車両を運転した後、京都市内の四条大橋西詰めで客待ちをし、事故直前に同僚運転手の訴外中尾正治と話をした。その後、訴外五島は入庫することにし、訴外中尾と別れて四条通を西に向かって発進した。そして訴外五島は、発進後わずか一分三〇秒から五〇秒後に本件事故に遭遇した。
(三) 一方訴外大槻は、本件事故当日の午前一時ころ、訴外麻由美とドライブをするため、同女方の近所である竹田久保町の辺りまで大槻車両で同女を迎えに行き、本件事故当時まで同女を大槻車両の助手席に乗せてドライブしていた。しかしながら、訴外大槻は本件事故後しばらくは事故状況についての記憶を喚起することはできなかった。
(四) 五島車両はほとんど制動措置を講じることなく、時速約六五キロメートルで、大槻車両に衝突したが、大槻車両の衝突時の速度はせいぜい時速一〇キロメートル程度であった。
(五) 衝突後、大槻車両は本件道路南行車線上の左側車線を塞ぐようにして別紙図面<甲>の位置に、車体前部を道路東側の歩道柵に接触させて停止し、五島車両は、同歩道柵に衝突してこれをなぎ倒し、井上方の玄関タイルに接触した上、本件道路南行車線の東側にある歩道上の別紙図面<乙>の地点に車体前部を南に向けて停止した。なお、大槻車両には、中央に設置されている縦置きのエンジン本体が車体右側に移動する損傷が生じた。
(六) 不規旋転(スキッド・アンド・スピン)とは、雨で滑りやすくなっている路面走行中や、高速走行中、急ハンドル、急ブレーキ操作をすると、まず後輪が横滑りし、前車軸中心回り旋回でスピンし、コントロール不能となることをいう。また、この場合は、自然に低速となってハンドル操作可能となるのを待つ以外に車両をコントロールすることができない。
2 事故態様
以上の事実を前提にして本件事故の態様を検討する。事故態様についての証拠としては、甲九(中原輝史作成の鑑定書)、甲一五(小西公昭作成の鑑定書)が、それぞれ、推理される事故態様について詳細に述べているほか、訴外大槻を被告人とする刑事事件の公判において、小西公昭、中原輝史、佐佐木綱、牧野隆がそれぞれ事故態様について証言している(甲八3、4、6、7、10、12、14、一八、二〇)。これらの鑑定書及び証言の内容は細部においてそれぞれ違いはあるものの、大別すると事故直前の大槻車両の状況につき、南進中であった可能性が高いという判断を示す中原輝史の鑑定及び証言(以下まとめて「中原鑑定」という。)と、Uターン中であった可能性が高いという判断を示すそれ以外のものとに分けることができる。そこで以下、右いずれの判断が妥当かを検討する。
(一) 中原鑑定の要旨は、<1>両車両の損傷状態及び事故後の訴外麻由美の身体の位置、損傷状況からみて、衝突態様は、五島車両の右前部による大槻車両のやや後方のフェンダー部(車体中央よりもやや後方)への斜め衝突であり、その後の動きについても五島車両は大槻車両の側面を擦過進行し、それにより大槻車両は右旋回状態となったが、左前輪のタイヤのバースト及び車軸の損傷歪形等により左前輪の走行状況が他の三輪よりも大となり、左旋回状態に移行して前記のような形で停止するに至ったものと説明できる。<2>事故当時は降雨のためかなり路面が湿潤状態であり、大槻車両が高速走行中前方に危険を発見し、左ハンドル及び急ブレーキ操作を行ったとするならば、大槻車両は不規旋転状態となる可能性は十分考えられる。<3>したがって、五島車両が時速六五キロで南進していた場合、大槻車両も南進していた可能性が高い、というものである。
(二) しかしながら、右中原鑑定は前記の前提となる事実に照らし、にわかに措信することができない。その理由は、第一に、前記認定のとおり五島車両は、衝突時まで時速六五キロメートルで南進中であり、衝突後は前記1(五)認定のような動きをしているところ、このことは、南進していた五島車両に対して衝突によって強い東向きの外力が加えられたことを示すものであり、かりに大槻車両が不規旋転をおこすほどの高速度で南進していたとすれば、同車両が衝突直前に急転把したとしても、五島車両に対してこのような外力を加えることは困難であり、中原鑑定のいう大槻車両の動きでは客観的状況を説明しきれないことになる点が挙げられる。第二に、前記のとおり大槻車両は衝突時には時速一〇キロメートル程度に減速していたのであるが、かりに不規旋転があったとすると、不規旋転をおこすほど高速度で運行していた大槻車両が時速一〇キロ程度に減速するまでには、不規旋転状態になると操縦不能となってブレーキが効かなくなることを考えれば、相当な時間を要したものと考えられるところ、後続の五島車両は不規旋転という不自然な動きをしている大槻車両を目前にしながら何らの措置も講じないまま衝突したことになり、訴外五島の職業がタクシードライバーであることも考えればこのようなことは極めて不自然である点が挙げられる。
(三) これに対し、中原鑑定以外の鑑定及び証言が一致して可能性が高いと指摘する、大槻車両が北上してきた後、右転回して南進しようと対向車線内に進入したところ、対向車線を南進していた五島車両の前部と大槻車両の左前部が衝突したという事故態様であれば、前記認定の前提事実を矛盾なく説明でき、信用性は高い。中原鑑定が強く指摘する大槻車両の左側面の破損状況についても、最初の衝突による損傷ではなくその後の衝突による損傷と考えることは充分可能である。
(四) したがって、本件事故の態様については、大槻車両は本件事故現場付近まで本件道路を北方に向け走行し、右転回して南進しようと対向車線内に進入したところ、折から対向車線を南進していた五島車両の前部と大槻車両の左前部が衝突したというものであったと認めるのが相当である。
二 争点2(被告の責任)について
1(一) 本件事故の態様は前記認定のとおりであるところ、訴外五島には、深夜本件道路のような市街地を走行するについては、車両が対向車線から転回してくるおそれがあったのであるから、前方を十分注視し、制限速度を遵守して走行し、よって事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、右義務を怠り、漫然時速約六五キロメートルという高速度で走行した過失があるといわねばならない。被告は、訴外五島は制限速度を遵守していても衝突は防止できなかったと主張するが、前記認定のとおり、本件道路の見通しはよく、さらに大槻車両は事故当時には時速一〇キロメートル程度にまで減速していたのであって、訴外五島が制限速度を遵守して走行していれば、前方で転回しようとしている大槻車両を発見でき、衝突は防止し得たと認められるから右主張は理由がない。被告はさらに、本件事故の場面では五島車両に優先権があり、訴外五島としては大槻車両を発見したとしてもそのままの速度で進行すべきであったから、かりに訴外五島が大槻車両を発見できたとしても前方不注視の過失はないと主張するが、衝突の危険を冒してまで優先権を確保しなければならない理由は見当たらないから右主張も理由がないといわざるを得ない。
(二) 他方、前記認定の各事実からすれば、訴外大槻には、転回禁止場所での転回及び著しい前方不注視の過失があることは明らかである。
2 以上認定される訴外大槻と訴外五島の過失を総合考慮すると本件事故における訴外大槻と訴外五島の過失割合は、訴外大槻が八五パーセント、訴外五島が一五パーセントであるとするのが相当である。
三 結論
以上のとおりであるから、被告は訴外麻由美の死亡及び訴外井上の物損の各損害について訴外大槻とともに損害賠償の義務を負担することになる。そして、原告が右各損害につき支払った賠償金のうち、一五パーセントの割合につき原告からの求償に応じる義務がある。したがって、原告の請求は、前記原告の支払額四五四二万九二七五円の一五パーセントである六八一万四三九一円(円未満切捨て)及び本訴状送達の日の翌日である(記録上明らか)平成七年九月二日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 松本信弘 山口浩司 大須賀寛之)